「じ、じゃあ! やっぱりリリスさんとミクは……」
 青ざめるシミリアン。
「それ以上は聞かないで頂戴」
 ミセルバは静かにシミリアンに言った。ミセルバはこの少年にも、ロットにもすべて話した。
 最初はためらったが……ミツアーウェルのことが出て気が変わった。
 こうなったら話してみようと思ったのだ。

 怒りに震えるシミリアン。わかっていたことだったが……

「な、なんてことだ……」
 頭を抱えるシミリアン。ナンパ師だが、女性を決して襲ったりするような考え方はない。むしろそういう人間を軽蔑するタイプだ。ロットも同じである。

 ミセルバは二人の少年をじっと見つめる。

「う……うおおおおおおっ!」
 座っていいる椅子の上で、頭を手でかきむしるように動かす金髪少年。許せないのだろう。
 どうやらミクもやられたと誤解しているようだ。確かに身体はやられてはいない。が、心はしっかりとボロボロにされているが。

 シミリアンとしては特に悔しいのだ。なにせわかって黙って送り出したからである。


 これほど嫌なものはない。

 
 これほど辛いものはない。


 黙ってその表情をみているミセルバ様。ミセルバ自身も辛いのだ。

 ――な、なんてことだ。

 ロットも哀しくなった。リリスさんが……ロットにとってはこちらの女性が気になる。自分のペニスをマゾにしてくれた大事な女性だ。

 しばらくして……御領主がシミリアンにそっと言う。

シミリアン……ミツアーウェル殿はなぜ知ったのか、わかる?」
 まだ泣いているシミリアン……この男は情にもろいらしい。
 遊び人ではあるが女性にはとても気を使うシミリアン。


 泣きながら言うシミリアン。
「ミ……ミツアーウェル様に……尋ねて来た者が……そう言ったので……」
 そこまで言ってようやく気がついたのか……あっと!黙るシミリアン。

「そう言った?」
 ミセルバがもう一度尋ねる。なみだ目でシミリアンは戸惑っている。
 当たり前だがこれは言ってはならないことだった。
「シミリアン!」
 ロットが説得する、言ってよ!という態度で。
「…………」
「お願い、話してくれないかしら? 悪いようにはしないわ」
 ミセルバがやさしく諭す。シミリアンがミセルバ様を見る。

 
 その目はきれいだった……純粋である。


 そして力強い!

 惹かれていくシミリアン。美しくも強気な目に……ミセルバ様とここまで思いつめた話をするのはもちろん初めてだ。しかし、ちょっと考え込む……やはり今後のこともある。

 それに言うということはツス家のミツアーウェル様にとってプラスになるのだろうか?
 許可もなく、こういうことを言うことは、ある意味裏切りでもある。
 
 じっと返事を待っているミセルバ。

 ――でも……僕は……あんな想いはもう嫌だ……

 耐えられない!


「わかりました、お話します!」
 シミリアンは決意した。あんなかわいいミクさんのような人が……もうこんな目にあってこのままなんて耐えられない! と言うのが本音だった。しかしこれはツス家にとってミセルバに知られることは非常に嫌なことでもある。側近が漏らすというのはもはや側近の資格はないのだ。

 ミセルバがコクッとうなずく……

 シミリアンは話し始めた……ミリアムとミツアーウェルの会話を……

 話してはいけない会話を……



「あ、あの〜」
「ほれ、食わぬのか?」
 イチゴのショートケーキが5個ほど置いてある。それと上品な香りのするお茶だ。アーチェとモーラと他の侍女たちが椅子とソファに座っている。アーチェ様は椅子。その他のメンバーはソファだ。
 ここは数あるアーチェ様のお部屋の一つ。部屋だけでいくつもあるらしい。

「遠慮はいらぬぞ」
 にこにことおいしそうに先に食べているアーチェ様。いよいよ聞き出しにかかっている。

 ――まいったなあ〜

 モーラもただのたあいのない噂話ぐらいならサッと言うだろう。目の前のケーキもおいしそうだ。
 しかし今回のはちと違う。さすがにアーチェ様もそこまでは読めていない。

 なにげなく外を見るアーチェ様。おいしそうにケーキを食べながら見ている。にしてもこの方はスタイルもよい。ダイエットにも気を使っているらしい。ケーキはバクバク食べているのだが。

「きれいじゃのう〜外はきれいじゃ、隠し事もない」
 ちくりといやみを言うアーチェ様。

 ――きた、きたわ……

 アーチェ様お得意のちくちく攻撃。こうやって周りから攻めていくのだ。

 しかしにくめないかわいい顔。
 そしてしぐさ。性格。なるほど、これならメイドたちにも人気があるはずだ。

「で、馬車とリリスとミクがどうしたのじゃ?」
 にこにこしながら聞く。
「は、はあ〜いえ……」
「ちょろっと話すだけでよいのじゃ、遠慮はいらんぞ」
 遠慮はしていない。

「サッと心のうちを言うと気持ちが軽くなるものじゃ」
 今度は諭し始めた。
「安心いたせ、秘密は守る、ただ聞きたいだけじゃ」
 
 聞いたら結構びっくりすると思う。

「はあ〜そ、その……」
「おお、そうじゃ、話してくれたらこれをあげてもよい」
 と言ってポッケからブレスレットを取り出す。

 ――あっ!

 それは今、メイドたちで流行の人気のブレスレットだった。なるほど、食い物の次は装飾品か。

「あ、あの〜私はそんな気は……」
「心配するな、ここにおいて置くだけじゃ」
 と、さりげなくブレスレットを置く。

 にこにこしながらの16歳のアーチェさま。
 モーラは結構こういうのに弱いタイプなのだ。それを知っているのだろう。
 横の侍女たちがああ、また始まったと思っている。

 ――あ〜あどうしよう……でも……アウグス家にも関係あることだし……

 馬車が連れ去られたという噂はアーチェも知っている。しかしいくら聞いても馬車が連れ去られたとか、馬車だけ消えたとか、よくわからないのだ。それだけではない、いつの間にか馬車が天高く飛んでいったという噂まである。ミセルバが口止めしているので、関係者以外真相はまったく闇だ。

「おお、なんと! ここにも」
 と言ってさりげなく今度は金色のネックレスを取り出した。

 ――あっ! ああああああっ――

 これまた女性達の間で人気のネックレスだ。金色だが微妙に赤みがある。これが人気の秘密。

「あ、あの〜」
 ちょっと苦笑いのモーラ。
「気にせんでもよい、ここにおいて置くだけじゃ」
 そう言ってにこにこと話を続ける。ブレスレットにネックレス。かなりの額のはずだ。
「今回の御馬車の件はわがアウグス家にとっても気になることでの、よかったら話をしてくれぬか?」
 今度はまじめ顔だ。さらに頭を下げたときた。


 これはグラッとくるモーラ。もともとアウグス家の馬車がさらわれたのだから、アーチェ様にももちろん聞く権利はあるといえばある。モーラは徐々に考え方が変化し始めていた。

 ――そ、そうよね……アウグス家の馬車が……ですものね。 
 アーチェ様も気になっているでしょうし……
 しかしそうなるとミクとリリスの事も話さなければならない。

「わらわは馬車だけでなくその他のことも知りたいのじゃ、アウグス家の馬車がどうこうと言われてこのままではいても立ってもおれぬのじゃ、頼む」
 低姿勢に頭を下げ、メイドのモーラに頼み込むアーチェ。この素直な態度はかなり効いた。


 これでモーラの心は決まった。

「わ、わかりました……で、でも結構衝撃的ですから……落ち着いて聞いてくださいね」
「うんうん」
 にこりと微笑むアーチェ様。
 ついに話させることに成功したアーチェ。こういうのが好きらしい。巧み身分を使い、時には財力を使い、時には頭さえ下げる……

 16歳になったばかりのお嬢様は、ただ遊びほうけている女の子ではない。

 人との関係やつきあいの仕方、話のもって行きかたを結構心得ている。これは姉のミセルバとはまったく違う一面を持っている女の子なのだ。すべては毎日夜遊びを繰り返している賜物なのであった。

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