「どうじゃ、何かわかったか?」 座ってケーキを食べながら話を聞いているアーチェ様。今日は後ろの赤いリボンが特徴だ。 「はい、おぼろげながらですが……」 「んぐんぐ……話してみよ」 侍女からの話を聞きながら、おいしそうなケーキをほうばるお嬢様。 この後、夜のある晩餐会に行く予定らしい。 「どうも、屋敷に連れ込まれたというのが本当のようです」 「連れ込まれた? どこにじゃ?」 「それが……どうやら……リリパット卿のお屋敷の一つだという噂なのですが……」 「なに?」 かわいい目がキラッと光る。 「あの嫌な男が絡んでおるのか……」 「は……はい」 急に不機嫌になるアーチェ様。リリパットは女性には評判が悪い。といっても相手にされていないとか、生理的に受け付けないとかではない。 認める女性は認めるのだが、嫌う女性は道具扱い、ようはそういう差をつけるところが評価の下がる原因なのだ。だが、ツス家の当主なので、面と向かっては誰も言えない。 当然、認めてもらっている女性には評価が高い。したたかである。 「リリパット卿か……そうなるとあまり深く追求するのはやめた方がよさそうじゃな」 相手が自分の手に負えないと気づき、方針転換。アーチェ様は、モーラの話を重要視していた。事件としてみていた。姉上のミセルバ様が、わざわざリリスとミクを療養所に保護しているというのも端から見れば不自然だからだ。さらにお忍びで二人に会いに行っているというのも聞いていた。 もちろん、レズの噂はない。 アーチェ様が嫌な顔をする。だんだん女性にとって、悪い方向に考え始めたからだ。リリパットという言葉でそれは疑惑に変わる。 「リリパットにラルティーナにミツアーウェル。嫌な男に、怖い女に、でっぷり男か。ツス家にはろくなのがおらんな」 かわいい小悪魔の笑顔でちくちくと言う。 「お嬢様、ここで言うのは構いませんが……」 しっかりと釘を刺す侍女。 「気にするな冗談じゃ」 にこっと笑うアーチェ様。人のことは言えない。アウグス家のミルマルグスも嫌な男である。 「わらわは、両家のこともちゃんと考えておる。そのために交流を深めておるのじゃ。姉上はこのような交流は苦手のようであるし。今日もがんばってパーティに参加せねばの」 「お嬢様の場合は、少し違う目的も入っていると思いますが……」 侍女がまたまたちくり。 「人と交流を深めて悪いことなどあるものか」 赤い扇子をひらひらと動かしながら、しっかりと言い返す。すると、 「美しい少年や青年ばかり相手にしても交流は深まらないと思いますが」 「仕方ないであろう、美しいモノに目が留まれば見に行くのは当然の成り行きじゃ」 平気な顔してパタパタと扇子を仰ぐアーチェ様。ここはアーチェ様の勝ち。半分飽きれ顔の侍女。 もう言い合うのはやめたらしい。 「では、この件は……」 「うむ、しばらく止めておこう。無用な詮索はせぬ方がよい。残念ではあるがの……」 ツス家が絡んでいると知って、しばらく様子見にしたらしい。賢明だ。 「しかし……女性にとって許せぬ行為であるなら、このまま引き下がるわけにはいかぬ」 パタパタと扇子を優雅に動かすアーチェさま。 「まあ、それとなく仲の良い者に伺ってみよう」 「それがよろしいかと思いますわ」 侍女が返事をする。ケーキも食べ終わっておなかも満腹になった。早速今日のパーティの準備にかかる。別の部屋に移動する侍女とお嬢様。 通称ドレスの部屋。 「さて、今日は何を着ていくか。う〜ん迷うのう〜」 ズラッと並んだドレス群。百着ぐらいはある。 これだけで庶民の家が何件建つかわからないほどの値段だ。この中から今日の一着を選ぶのだ。 「う〜ん、目移りする」 扇子を優雅に動かしながら、今日着ていくドレスを選ぶ。それにしても派手な色ばかりが目立つ。地味で整えるミセルバ様に対し、ひたすら派手に遊びまくる印象を与える色が好きなアーチェ様。 さすがはイケイケ16歳。 「それと……お嬢様」 「ん? なんじゃ?」 侍女が何か言いたそうだ。 「リリパット卿のことでございますが……」 「またあの男の話か」 少しうんざりのご様子だ。はやく忘れたいらしい。 「実は……御領主は……気を使われなくて困ると……言われておるとか」 「…………」 ピタッとアーチェが立ち止まる。 「リリパットがそう申しておるのか?」 「いえ……噂とのことです」 静かに侍女が説明する。しかしアーチェにはこれで十分だった。 こういう噂がわざわざ流れるということは…… リリパット卿はご不満ということだ。 「姉上がもう少し社交的であればよいのだが……議会や定例のパーティだけでは不満だというのじゃろう」 「はい……おそらく」 困ったアーチェ様。姉上は決してコミュニケーションが取れない人ではない。しかし、必要のないパーティなどにはまったく参加しようとしない主義の人なのだ。もちろん、年に何回かの晩餐会や、議会にはきちんと出席して交流はしている。 だが、それだけでは貴族の社会では全然足りない。 加えて、リリパットとは、ここ数年決まりきったご挨拶以外は、まったくしていない。もともと嫌な女の扱い方をするリリパットに好意を持つわけがない。 しかし、いまやミセルバは領主。リリパットは当主だ。 本来ならもっと近づき合わなければならない立場。 総理大臣と官房長官が仲が悪いでは話にならないのと同じ。 「そういうことはミルマルグス殿におまかせしよう」 面倒なことにはかかわりたくないお嬢様。 「そのミルマルグス様なのですが……」 まだ侍女は何か言うことがあるらしい。 「今回のお話はミルマルグス様のお側の方から聞いたのです」 「…………」 ドレスを見ながらじっと考える。 ミルマルグスがそういうことを側近に申し付けて言うということは…… それを認めているということ。 ミルマルグスの総意はアウグス家の総意でもある。 目をつぶるアーチェ様。 ――う〜ん……そういうことか。 「……わかった……わらわが姉上にそれとなく言ってくれということじゃな」 「はい……」 さすがはアーチェ様。物分りが早い。 「姉上ももう少しわらわのように遊び心があればのう〜」 「アーチェ様のようになっては、ある意味非常に困りますが」 すかさずちくり。遊ぶのを肯定されてはたまらない。 「さて、今宵はこれにしようかの」 言い返せないので無視したらしい。何事もなかったように振舞っている。それをじーっと見る侍女。 こういうやりとりで一日が終わるアーチェ様。アーチェ様のお側に仕えていると楽しいようだ。 わがままいっぱい、されど、庶民にも愛される、お嬢様の一日であった。 |
後ろ | 次 | ミセルバMトップ |