「幸せ……」
 シスアがぽつっとつぶやく。裸でいるリリパットの上に胸を押し付けるようにうつぶせになって……
 美しい肉体をリリパットにそっと向けて寝ている。行為が終わった後の顔をしているシスア。

「幸せか……ふふふ。しかし君の願いはかなわなかった……」
「もう、いいんです」
 にっこり笑うシスア。もうメイドの次長などどうでもいい。それ以上のモノを狙っているのだ。

 ベッドの上で戯れている二人。シスアに軽くキスをしたリリパットは裸の筋肉質の身体を起こす。
 美しい50過ぎの肉体を心地よく震わせながら。

「君が……よくても……この私はそうはいかない」
「え?」
 シスアがリリパットを見る。にこりと笑うリリパット。だがどことなく……冷たい。



「失礼します」
 扉の向こうの衛兵が扉を叩く。
「きたか……」
「はい、ミリアム様がお越しでございます」
「入るようにいえ」
 リリパットが低い声で言った。そしてシスアを見る。

「わが愛するシスア……しばらく外してはくれぬか?」
 笑うリリパット……だが……

「は、はい」
 何かしら決意を秘めている。だがそれか何かはわからないシスア。シスアはさっと出て行った。おそらく政治的なことだと思ったのだろう。

 出て行くシスアにミリアムが軽く頭を下げる。めがねをかけた青年をチラッと横目で見るシスア。

 ――何かしら? こんな時間に……
 普通ならこんな夜に側近達はこない。呼ばれでもない限り。もうこの屋敷に住み着いてからシスアもいろいろ覚えてきた。他の女性達よりも一番自分が大切にされていることもわかってきた。

 だからこそ野望がシスアに出てきたのだ。このチャンスを捨てるわけには行かない。
 たとえ他のツス家のお嬢様方々から睨まれても。
 シスアはそう思いながら出て行った……









 ゆっくりと椅子に座る。リリパット。バスローブで軽く身を包んだままミリアムの話を聞いている。
 ツス家の紋章が大きく刻まれた威厳のあるバスローブ。
「そうか……で、用意は出来ているか?」
「はい、屋敷の方も準備は整っております」
 ミリアムが答える。

「ふふ……ひさしぶり……かな。あの屋敷を使うのは……ところでガッツは来れぬのか?」
「あ、はい……中央の方へ向かうということのようです」
「ふ、せっかくだというのに……さぞかし悔やんでおろうな。
王都か……一月はいないのか……試験と研修ならいた仕方あるまい」
 すると何を思ったかずらりと並んでいる香水の瓶の所へ向かう。西洋風から中華風まで様々な形の瓶が置いてある。凄い数だ。この部屋には香水やら、彫刻やら無数の作品物がある。

 しかし……これはすべて……表向きは手に入れにくいものばかり。

「確か……これであったな」
 にやりと笑うリリパット。
「…………」
 ミリアムが黙って見ている。

「宴の時にはこれをつけてあげよう……わが親しいガッツの代わりだ」
 この男は自分の気に入った男に関しては身分が低い者でもこういう言い方をする。ブルーの色でほどこされた装飾の小瓶の栓を取る。
 あのガッツがつけている匂いがリリパットの鼻に向かう。

「いい匂いだ……ふさわしい」
 美しい笑みを浮かべミリアムを見る。
「君も参加するのだ、私との関係を大事にしたいのならな……」
 半分脅しのような目で物を言う。
「……はい……ところで御当主……当日のことは一言、
ミツアーウェル様に言っておいた方がよろしいかと……」
 リリパットの機嫌を伺いながらミリアムが言う。

「……ふむ……そうだな……が……当日でよい、
晩餐会を開く前にでも言っておけ。それにしてもあの男……いつもながら変わった趣味だ」
 少しバカにした言い方で言い放つ。
 リリパットの持ち物が香水の瓶からワイングラスにいつの間にか変わっている。椅子に座り、ゆっくりとワインを飲み干す御当主。その飲み方も上品だ。

「最後に念のために聞くが……その女の心は変わらぬのだな?」
「はい」
 ミリアムは言い切った。自業自得と言い聞かせるミリアム。もう手遅れだ。

「後ろ立てなども調べたか? ミセルバ公のメイドなら誰か後ろにいる可能性もある」
「すべて調べましたが誰もおりませぬ」
「ふ〜む……めずらしいな、
 普通は身分がしっかりしていない場合は誰かの保証があるものだが……」
 
 御領主などの貴族の方のメイドになるには
 誰かのコネか身分がはっきりわからないと普通は採用しない。
 しかしリリスにはその後ろ立てが全くない。さらに外部の人間ではないかともいうのだ。
 このクローラ地方の人間でもないということがわかってきたからだ。

 


 さらに家族もいない。




 ならば全く遠慮は……いらない。
 後ろに貴族がついているならそれなりの対応をするつもりでもあるのだ。ことと次第によっては気を使って辞める場合もある。別に政敵というわけでもないからだ。


 だが……これで辞める理由もなくなった。むしろ都合もいい。




「ところで……楽しめそうな女か?」
 リリパットが聞く。
「はい、お気に召すと思います」
「そうか……君の裁量を……確認するいい機会だな」
 そう言うとゆっくりとワイングラスを揺らす。そして揺らしながら……
「…………楽しみだな……」
 綺麗な月を眺めながらリリパットは久しぶりの遊びを心待ちにしていた。
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