――こ、この男が……あのミルマルグス・アウグス……

 金貨の袋をギュッと抱きしめたまま、中年貴族を見る娘。
「それと、言っておくが、奴隷になる必要はないぞ」
「え?」
「あれはそなたが耐えることで出来なくなって言わせるのまでのお楽しみでの……わが国では奴隷は禁止されとるのは知っておろう」
 変なところでまじめな男だ。
 コキコキと首を鳴らしてミルマルグスが言う。腰のあたりも充実、スッキリしているようだ。
「……ふん!」
 ちょっとムッとする娘。結局は快楽に負けてこの男のいいなりになってしまった。奴隷にはならなくてすんだが。

「ではの、達者にくらせよ」
 まるで急に人事だ。もう必要ないという態度。
「そうそう、また何かあればご用立ていたしますぞ」
 にこりと笑う金貸し。なんとはまた借金してくださいと言っているのだ。いずれはこの金貨も使い果たすと思っているらしい。

 頭にくる娘。

「あ、あのなあ〜」
 今、借金の返済がすんで、もう金を貸そうというのか? 
 なんという商売根性である。あきれて物さえ言えない。金貸しとミルマルグスが笑いながら出て行く。

 これが金という物の力だ。

 娘は言いようのない現実を思い知った感じであった……



「例の件はどうなっておるか?」
 ミルマルグスが金貸しの元締めに聞いている。二人は休憩中。部屋の椅子にくつろいでいる二人。 ここでコーヒーを飲みながら、一息ついて屋敷に帰ろうというのだろう。

「はい、それがなかなかうんと言いません」
「そうか……まあそうであろうの」
 わかっているといった雰囲気で返事するミルマルグス。
「それに……うんと言ったところでわしにもそう簡単に手は出せぬ」
「はい、心得ております」
「だが……どうしてもこのままほっては置きたくはない」
 笑みを浮かべながら目を細める。何か狙っているようだ。この男。

「同意しても手を出せぬとは……辛いものがありますなあ〜」
 合わせるように言う金貸しの男。どういうことであろうか?
「まずは……そなたが説得してもらうのが必要じゃ。でないとわしが出る理由がないでの」
「心得ております」
 ゆっくりとコーヒーを飲みながら思案を重ねているミルマルグス。
 手に入れようとしているのはもちろん……

 

 ミシェスタシア。

 あの未亡人ともいえる色気むんむんの雰囲気……そして貞淑な表情と姿……
 あの美しきロットの母親をモノにしようとしているのだ。だがそれにはいくつか障害がある。

 一つは、身分の問題。

 この国では貴族の身分の者が借金で身体を売るということを徹底的に禁止していた。これを許すと、平民が貴族の娘や妻を堂々と金の力で手に入れてしまえるからだ。例え同意しても無効とされ、さらに事が発覚した場合は、平民債権者の方が最悪処刑される。これだけ厳しくしているため、そう簡単には手を出せない。だからといって借りた金を返さなくてよいというわけではない。

 もう一つは、貴族同士の問題。

 貴族とはプライドの化け物だ。平民の評判や同じ身分の評判をものすごく気にする。特に貴族の女性の評判は気にする物が多い。平民の女にはさきほどのようなことをしても、借金などの理由があればそう評価は下がらない。戯れたで済む。しかしミシェスタシアのような身分のものはそうはいかないのだ。
 へたをすると同じ身分の者の女性から総スカンを食らってしまう。そうなると終生男の評価は最悪。それだけではない、政治的にも、何かするたびに女性達から、
 横やりや嫌がらせを受けるはめになる。この平和な時代において、女性を敵に回すことはプライドを持っている貴族の男には死に等しいのだ。
 つまり、ある程度身分がある女は、手に入れたければ気持ちを掴めということ。

 そして最後……もっとも手ごわいのが……

「リリパットとの問題が一番やっかよの」
 今度はちょっと険しくなる。
「そこのところは……私には……」
 金貸しは強いものにつくだけ、と言いたいのだろう。
「あの男め、ロットをうまく抱き抱え込みよったからの。将来の布石にするつもりだったのだろう」
 ロットを男官に推したのはリリパットだ。男官としてもらっている報酬ももちろん、ミシェスタシアにいっている。つまりミシェスタシアは借りが出来ているというわけだ。それでも借金は減らないのだが。
「どうしても……リリパットにはこのまま渡したくはない」

 あれだけの匂いと色気を発散して貞淑な人妻など、そうそういるものではない。色気だけならミセルバ様でも到底かなわないほどだ。迫られたら嫌とは言えないような独特の表情、男に尽くすようなタイプの顔、母乳が出ていてもおかしくない美乳、スッとなめらかに引き締まったウエスト、しっかりと男を目を惹きつける美しくも大胆な大きさのお尻。

 人妻としてのすべての要素を完璧に備えている女性……それがミシェスタシア。

 その完璧な女性を大事にしないロットの父親とはいったい……?

「いかん……考えるだけで……ほっほっほっ」
 笑うミルマルグス。金は腐るほどある、それでもそう簡単に手に入らない貞淑な人妻。
 これがまたそそるのだ。金だけでは手に入りにくいからこそ、手に入れた時の満足感は大きくなる。
 アウグス家の重鎮はじっくりと作戦を練っていた。
 
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