リリスは重い重い口を開いてくれた。あれからリリスは過去のガッツとのやりとりも話した。
 怒りに燃えるミセルバ様。騎士団長としてあるまじき行為という想いがよぎったのだ。そしてその時、香水の匂いが同じだったという。

 ロットは歩きながらこの前のミセルバ様の話を思い出す……

 だからこそガッツのことも聞くように言われていた。ミセルバ様はもうガッツをこのままにするつもりはない。今回のレイプ儀式にガッツがいなかったとしても、処分するつもりでいた。しかし、それには理由が要る。

 ――ガッツのことは僕もいいたいことがある。

 固い決意を秘めている少年。もう仮面は外している。あれから別の情報屋に行くのはやめた。あの忠告は効果があったようだ。ロットもこういう時は賢い。するとピタッと立ち止まる。向こうに大木が見える。辺りは何もない原っぱ。

 そっと近づく少年。

 あれからロットは、リリスとミクには会ってはいない。だが、あの二人の辛さが身体に伝わってくる。  特にミクはまだ引きずっているらしい。

 ミクは何もされていないのに……心の痛みは想像を絶するようだ。

 何もされてはいない、でも、ミクには辛すぎるのだ。それがなんとなく伝わる。
 大木の下にそっと腰掛ける。むなしさだけが残る。

 ――これを聞いてミセルバ様はどうなさるのだろう。

「どうすると……いうのだろう……」
 さらに下を向く。落ち込むロット。
「なにを……するのかな……」
 じっと固まっている。ロットに現実がよみがえってくる。意気揚々と情報屋に向かったが、その男さえ言ったことは……

「みな……言うことは同じ」
 それが身にしみる。

 実は今までいろいろとロットは……動いていた。
 ある人物がアウグス家とツス家に恨みを持っている、その場合、どうすればいいかという風に……

 ミセルバ様ではなく、別人からの依頼ということで……信用ある者に聞いてみていたのだ。

 だが……帰ってくる言葉はみな同じだった……

 ――かかわるな、やめておけ
 ――無駄だ。
 ――誰も力を貸すわけがない。

 一番衝撃だった言葉……



 ――ミセルバ様に相談しても無駄だ――

 これが一番きつい言葉だった。ロットが男官にいることで逆に忠告してくれたのだ。
 もちろん、ロットのためを思って言ってくれた言葉でもある。

 あの二つの家をまるごと相手にすればミセルバさまだってどうなるかわからない。庶民の政治に詳しい者にとってはミセルバ様は飾りのような存在。飾りがいざ采配を振るっても下がついてはこないというのが最終結論だった。

 毎日書類に目を通すだけの、18歳のなりたて領主……まだ子供扱いだ。

 うつむくロット。今日の情報屋の言葉はこれをさらに裏付けた言葉だった。人間関係の立ち回りに非常に敏感な、ああいう裏の世界の人間の言葉は重みがあ。だからこそ、心がぐしゃぐしゃになる。
 
 事実上……


 何をやっても無駄だということ。
 その事実だけが心に突き刺さる少年。

 役人も検察も騎士もすべてアウグス家とツス家が支配しているのだ。その支配する家の人間を調べて懲罰を加えることなんて出来るはずがない。まして復讐など出来るはずもない。

 だが、ミセルバ様は領主だ。たとえ飾りでも領主である。アウグス家とツス家のトップにいる存在だ。
 いざとなれば領主勅令だって出せる。

 領主勅令とは現在の非常事態宣言のようなもの。これが発令されると、全権を領主が一時的に掌握できる領主の大権である。
 といっても何の事前の相談もなしに出来ることはない。親戚一族と相談してから発令するものなのである。このクローラ地方が他の国から攻められたときとかに使う、緊急事態専用の発令である。

 ――でも……そんなもの使ったって……従ってくれないと意味はない……

 そのとおりだ。誰も従わなかった時……ミセルバ様は孤立する……

 ――うまく……出来てるよな……ほんとうに……
 悔しいロット思わず涙が出てきた。このまま帰ってもミセルバ様に会わす顔がない。座り込み動かなくなってしまったロット。少年には現実の悔しさがこみ上げていた。
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