ミセルバ様が出てきた……馬車で待っている数人の騎士と兵士がミセルバ様の方を向く。
「待たせたわね」
「いえ、とんでもございません」
「リシュリューは?」
「あ、すぐに呼んでまいります」
 騎士の一人がリシュリューを呼びに走る。
「それから、あなた達に申し付けます、今日ここに来たこと、一切他言無用ですよ」
「はっ」
 言われて敬礼する騎士と兵士達。

 ――これから……どうしよう……今日はいろいろと……ありすぎ……

 ミセルバはゆっくり今後のことを考え始めたようだ。



 ――駄目だ……とても……気持ちが落ち着かん。
 リシュリューが悩んでいる。オードリーおばあさん家の裏で……座っている騎士長。いつものキリッとした青年ではない。結果的に不可抗力とわかっていてもやはり辛いものだ。あの目の前で屋敷の門が閉じていく悔しさが今でも思い出される。グッと騎士の証である剣を握り締める騎士長。

 どうしようもないことだが、どうしても納得できない。納得できないがどうしようもない。

「おお、ここにいた、お〜い」
 おじいさんがリシュリューを呼ぶ。
「あ……はい」
 呼ばれてビクッとするリシュリュー。
「ミセルバ様が帰るそうじゃ」
「あっ! は、はい……」
 ガバッと起き上がる。てくてくとおじいさんが近づいてきた。
「大丈夫かね?」
 心配そうに見ているおじいさん。ここに来てから騎士長はずっとこんな調子だ。
「大丈夫です」
 覇気のない言葉で言い返すリシュリュー。ぜんぜん大丈夫ではない。
「……ええのう〜あんなきれいな人といつも一緒に居られて……」
「はっ?」
 突然何をいうのかこのじいさんという顔をする。
「ふぉふぉふぉっ……うらやましい」
 にこにこ笑うおじいさん。リシュリューとはまったく対照的だ。
「……はあ〜」
 次はなんともいえない顔だ。本人はそれどころではない。

「あんた、き、騎士……ち……長じゃろ? 人の上に立つ人間がそんなことではいかんよ」
「は、はあ〜」
 次は説教だ。だが、にこにこしながら説教というのもなんかほほえましい。
「側にいる人間は女性を勇気づけないといかん」
「…………」
「男とはそういうものじゃ」
 えらそうに言うおじいさんだ、それもにこにこしながらだが。

「……ありがとうございます」
 しかし、リシュリューは軽く会釈した。怒らない騎士長。逆になにか吹っ切れたようだ。
 こういうときに度量の深さがわかる。人間の本音が出るものだ。
「では……」

 騎士長は走っていった……

 ――ええのう〜ミセルバ様は実に良い……わしがもう少し若かったら……

 もう少し若かかったら、何なのだろうか?

「うひゃひゃひゃ!」
 エロじじい……それが良く似合うじいさんだった。



 急ぎ、戻ってきた騎士長。

「申し訳ありません」
「城に戻ります」
「はい」
 軽く頭を下げる騎士長。
「それとリシュリュー、あなたは後で私の部屋に来るように」
「……わかりました」
 ミセルバ様が御馬車の中にゆっくりと入る。馬車に入るときにサッとリシュリューが手を添える。
 これは作法の一つ。御馬車に入るとちょっとだけ息をつく女領主。

 そして少しだけ顔が険しくなった……

 ――1番の可能性は……


 ――リリパット……自身。

「…………」
 じっとあらぬ方向を見つめる。あの屋敷に連れて行かれたのが本当なら……あそこはリリパットが専用に使っている屋敷なのだ。
 といっても、それはそういう決まりがあるわけではない。本当のところはツス家の人間しか知らない。

 だが、一番疑いをかけてもいい人物である。しかし、いかにミセルバさまでもへたには動けないのが現実。それどころか……もっと何も出来ないかもしれない。

 ゆっくり後ろ顔を背もたれにあてる。

 疲れているようだ。それもまた美しいミセルバ様。少し乱れた髪がなんともいえない色気を出す。


 ――それか……ツス家の他の……

 考えれば考えるほど嫌な気分になる。その嫌な気分を助長するように御馬車がゆれ始めた。

 ――許せない! でも……

 メイドのことであまり騒ぎ立てるのもおかしい。自分の身内がされたのならともかく。
 しかしこのまま不問にするつもりはまったくない。ましてリリスとミクがされたのだ!
  
 怒りがこみ上げるミセルバ様。と、同時に頭が痛くなった。

 ――だめ……疲れてる……

 ミセルバは深い眠りにつくことにした。あれからまったく寝ていないミセルバとリシュリュー。両者はこれからどう動くのだろうか?
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