ミセルバ様たちが帰ってから数時間がたった……

「ごちそうさま」
 ミルミがオードリーおばあさんに言う。
「もういいのかい?」
「ええ、おなかいっぱい」
「今日は泊まって帰るんじゃろ?」
「え、ええ……」
 にこにこと笑うおじいさんになんとなく答える。

 ――まったく……なに期待してるのかしら。
 おじいさんのエロエロの気持ちがピンとくるミルミ。しかしどことなく憎めないじいさんだ。

「あの二人は大丈夫かねえ〜」
「う〜んまず、危篤になることはないわね」
 
 いきなり危篤……

「なんか怖いねえ〜あんたに言われると」
「あら、医者を信用しないといけないわよ」
 おばあさんににっこりと言い返す。いつもこんな会話ばかりらしい。
「あんたも、将来はいい男みつけないと」
「あ……あははっ」
 さっさとここから急に出て行きたくなったミルミ。ここからぶつぶつ言うのがオードリーおばあさんの性格らしいのだ。
「じゃ、じゃあ」
 そそくさと出て行く。

「逃げられたよ、おじいさん」
「そりゃ逃げるよ」
 笑うおじいさんであった。



 ――はあ〜さて……と

 ベランダにあるイスでゆったりとしている若き女医さん。今日一日のまとめをしているらしい。

 ――ミクさんて方はもうちょっと薬飲ませた方がいいわね。リリスさんはあと数日ってところかな

 ……ん?

「あら!」
 リリスが起きてきたようだ。軽く会釈するリリス。
「もういいの? 歩ける?」
「ええ、平気」
 少し表情も和らいだようだ。ほんのり赤みがある。
「そう……ちょっと副作用もあるかと思っていたのだけど」
「副作用?」
 リリスが聞き返す。
「うん、薬の影響でね、ふらつきとか起きることがあるのよ」
「ふ〜ん」
 もう一つあるイスにゆっくりと腰掛けるリリス。身体の方はなんとかのようだ。

 しかし心は……


「もうしばらく、ここにいるか養生することよ」
「……ええ……」
 言われてだまっているリリス。女医さんのいう言葉はこういうとき強い。
「ミク……ミクは……大丈夫だったのよね」
「えっ? あ……うん、そういうことのようだけど」
 ミセルバがゆっくりと時間をかけてミクに事情を聞いて、事の詳細はミルミにもわかり始めていた。

「それよりあなたの方は大丈夫なの?」
「うん……」
 なんとなく答える。
「そう……ならいいけど」
 それ以上は聞けない。聞かれたくないことはたくさんあるだろうから。どうしてこんなことになったのかも知りたいというのが本音だが。
 ミルミも困っている。
 こういうのは本当にむずかしい。

「でも少しだけホッとしたわ、ミクの方はなにもなくて」
 リリスは自分のことよりもミクの方をまだ心配しているようだ。

 ――リリスさんて……

 この状況で、自分のことよりミクを気にするリリスにおどろく。
 なぜなら、ミルミはなぜリリスたちが襲われたかは知らないからだ。ミセルバ様も拉致されたという事実しか聞き出してはいない。リリスの方は自分のせいで今回こういうことになるとは夢にも思ってなかった。


 ある意味、貴族の人間を軽く見ていた節があった。



 冷静にことを分析するのが得意な彼女も、貴族の人間はやるときはここまでするという考えまでは出来なかった。それは仕方ないことでもあるのだが。

 本当ならここでじっくり考えたい。今後のことも考えたい。

 しかし心がそれを拒んでいる。
 今はまだその状況ではない……と。

「元気出してね」
「ええ……ありがと」
 完全に弱っているリリス。いつもの元気はない。うちのめされた気分だ。

 (ミクが……大丈夫で……本当に……よかったわ……)

 ただ一つの救いがミクの貞操は守られたということだ。それだけがリリスは気がかりだったのだ。
 しかし自分の身体は……

 
 (いや! 考えたくない!)


 拒否反応が出るリリス。思い出したくない情景が出てくるのだ。あのいまわしき口ひげ、
 そして声……

 

 さらに……匂い……



 あの香水の匂いがリリスの頭を駆け巡る。はっきりと覚えているあの匂い……

 よみがえるあの嫌なにおい……ガッツの時と同じ匂いだ。プルプルと顔を左右に揺らすリリス。吹き消そうとしているのか? しかし匂いは消えても思い出は消えない。

「大丈夫?」
 ミルミが声をかける。
「ええ……大丈夫よ」
 ため息をつきながら言うメイドさん。

 ――しばらくは……大変だろうな。心の方が……
 ミルミは女医だ。心理的にも今のリリスの状態が同じ女としてよくわかる。そしてその辛さも……

 二人はしばらく黙っていた……シーンとした雰囲気が辺りを包みこんだ。

 (これから……どうなる? わたし……)
 リリスはただただ途方にくれていた。今はこれぐらいを考えるのが精一杯だった。
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