同じ頃、ミセルバと同じ身分である貴族の男が、ベッドで横になっている。そして、その横にいるのは、 シスアだ。このところシスアの機嫌はいい。リリスを……排除出来るかもしれない……その期待が心のどこかにある。

「なかなかよい月だ」
 横に自分が全身に映る鏡を置いて、その美しく力強い肉体を見ながら夜空の月を鑑賞している男。

 ――リリパット卿。

 50を過ぎた老人の肉体とはとても思えない。美しい……
 自分の肉体を見つめるリリパット。きれいな手先を見ているようだ。毎日の手入れもかかさないようにしているらしい。50過ぎのじじいが手先の美しさを気にする。気持ち悪いという人もいるだろうが、この男の容姿なら違和感はない。ナイスガイというべき顔立ち。冷酷な顔だが危険な香りが女を誘うのだろう。
 毎日やはり鍛えているのだろうか?あそこはいやでも鍛えているのかもしれないが。

「シスア、君もこちらに来なさい」
「はい」
 このところ裏の権力者はシスアに御執心らしい。よほど身体が気に入ったのだろうか。

「あの月の美しさと、君の美しさはどちらが上かな?」
「……さあ〜」とぼけた返事をするシスア。
「ふふふ……私はね、君が上だと思う。」
「ありがとうございます」
 だがシスアは、お世辞を素直には受け入れるタイプではない。
「私は事実を言っているのだよシスア。私はうそは言わない男だ」
「…………」
 下を向くシスア。明らかに計算された行動だ。その下に向いた顔を手でやさしく上に挙げるリリパット。

「君はなかなか思いどうりにならないね……だが、それがいい」
「あら、私の身体はもう……」
「心が手に入らない……私はそう感じている」
「そんな……」
キスをするリリパット。二人は見つめあう……
 と、そのとき……

コンコン、

コンコン、

 ノックの音。

「どうした?」
「はい、ラルティーナさまがお見えになっておりますが」
「妹が?」
「はい」
「ここに呼べ」
「わかりました」

 ――妹が?わざわざ寄って来たのか。ラルティーナとリリパットの屋敷は離れている。といっても歩いて10分……馬車で5分といったところか。だがリリパットの屋敷にわざわざ来ることはまれだ。ましてもう夜もふけている。

 ――ふふっ、あのことか……

 メイドが去っていく。

「あの、わたしは」
「君はここにいていい、気にしないように」
 リリパットが静止させる。しばらくすると扉の外で物音がし始めた。再びノックをする音

「ラルティーナです。」
「入りたまえ」

 ラルティーナが部屋に入ってきた。どこかの舞踏会にでも行くような豪華なドレス。ドレスにはツス家の象徴である。蜂の紋章が縫い付けてある。それがまた豪華さを際立たせる。
 が、これは普段着なのだ。さすがはツス家の女性というところか。
 一瞬シスアを見るラルティーナ……リリパットは寝巻きのローブをはおっている。シスアはネグリジェだ
 本当ならこんなところに呼ぶものではないのが普通なのだが……だが、妹であるラルティーナはピクッと目を動かしただけで冷静だった。

「どうした?」
「近くに寄る事があったので」
「なにか言いたいことでもあるのか?」
「…………」
リリパットが30過ぎのお嬢様と呼ばれる女性を見つめる。

「御領主関係のことかな?」
「ええ」
横にいるシスアをチラッと見るラルティーナ。その目は冷たく……


 怖い……。

 ビクッとシスアが一瞬躊躇した。

「気にするな、ミセルバ公にはツス家との関係をよく知っていただきたいだけだ」
「あまり……お戯れは困ります」
 にやっとリリパットが微笑む。

「心に留めておこう……お前が言うのならな」
「では、私はそろそろ」
「うむ」
 ラルティーナが軽く一礼して部屋を出ようとする。しかしそこで立ち止まった。

「兄上、ミセルバ公のお年はいくつかご存知?」
「……18ではないのか?それがどうした」
「歴代の御領主はみな40過ぎで就任致しました……18で領主の座に就いた方はミセルバさま以外にははおりません」
「だから?……なんだ」
 つっかかるように言うリリパット。だが真剣に耳は傾けている。まるで政治家なら側近に耳を傾けるように……。

「若さとはこわいもの……覚えておいてくださいませ」
 そう言ってラルティーナは出て行った。出て行く前にもう一睨み。

 シスアに……きっちりと。ドレスの蜂の刺繍もシスアを睨みつけているかのようでもある。

 ――ぞっとするシスア――

 あの目はたしかに怖い……ただツス家という名にぶらさがっているだけの女ではないと感じる。

 ――初めて見たわ……あの方が妹君のラルティーナさま。

 ――第二の権力者……と呼ばれているお方。

「どうした?シスア」
「い、いえ」
 さすがに蛇に睨まれたカエル状態のシスア。まるで心の欲望を見透かされているように感じた。この女がそそのかしているとラルティーナは思っているのだろう。もしシスアがラルティーナのメイドなら……次の日にはもういないかもしれない。
「ふふっ、気にするな。妹は心配性なのだ」
 にこりと微笑むリリパット。妹が気にしている事はわかる。だが、リリパットも今のミセルバ公に対して、ある疑問を持っていた。
 ミセルバ公は……ツス家と今までどうりのお付き合いをしていただけるのかと。ミセルバの父上グ−ル公が突然亡くなって跡を継いだミセルバ。
 ツス家とアウグス家の関係を……わかっていただいているかということだ。わかってらっしゃらないのなら……わかってもらわなければならない。

「君は……ただ待ってればいい」
「…………」
 シスアがリリパットの目を見る。

「待っているだけで君の望みはかなう……私はそれが出来る男だ」
 ゆっくりとくちづけをかわす二人。愛の交尾が再び繰り返される……美しい月が二人の愛の行為を見つめ始めた。

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