「シスアを?」
「はい」
「御領主にはそれとなくわかるようには言ってはいるのだが・・」
 ジボアールがチラッと若者を見る。スラットした男だ。好青年である。めがねがよく似合う20過ぎといったところか……

「まだ吉報が来ない事をご不満のご様子でありますから」
「う〜む」
 じっと考え込むジボアール議長……ここはジボアールの執務室。ミセルバが地下牢で快楽に狂っている頃。二人の男が密談をしている。地下牢とはまったく違う雰囲気だ。
「ミリアム殿はどう考えなさる?」
「どうとは、どういうことでしょうか?」
 青年が聞き返す。
「御当主はどう考えられておるのか?」
 御当主とはリリパットのことだ。
「御領主にはそれとなく分かって頂かなければ困ると……御当主は言われております」
「しかし……」
 ジボアールが言葉を濁す。今まで城の役職の人事等に口を出すことは何回もあった。いやそれはもう慣例で当たり前になっていた。両家は……ツス家が口を出せば、アウグス家も口を出す……お互いそれで百年近くうまくいっていたのだ。

 だが……政治にメイドの人事なぞそんなに重要なことではない。それをまるで次の重要な役職のような扱い……側務官等を決めると言うならともかく。

「なにがなんでもシスアにしろと」
「努力をせよとの仰せでございます」
「努力を……」
 じっとミリアムを見るジボアール。
「試されておるのか?御当主は……御領主が、ツス家をどう見ているのかと」
「おそらくは……」
 ミリアムが低い声で答える。顔はイケメンだが……冷たそうなそうなしぐさも見える。

 ミリアム……リリパットの側近の一人だ。数多くいる側近中で一番若い。
「しかし……ミセルバさまはまだお若い、本来なら徐々にそういうことを……教えられ」
 その先の言葉に釘を刺すミリアム。
「お気持ちはわかりますが、領主の座に就かれた以上は、今までどおりの事を知っていただき行動してもらわなければと困る……とのことで」
「ううむ……」
 黙ってしまったジボアール議長。

 ――リリパット様がそこまで言われるとは……

 ミセルバが領主と決まってから半年近くたつ。生真面目でがんこなところもあるミセルバ。ツス家のことは知ってはいても、アウグス家とツス家がいまどういう状況かをよく知らないのだ。はっきり言えばツス家の意見を聞かずにもう重要な物事はなにも決められない……それが長きに渡って行なってきた慣例であり当たり前のことであった。ツス家は日本でいえば鎌倉幕府の執権のようなモノになっている。

「それと、ジボアールさま、事がうまく運んだあかつきには……ロット殿のことを考えてもよい……と」
「それはまことか?」
「はい」
 ロットのことを考えてもいい。つまり……側務官にする方向でなくてもよいということ。

 ――ううむ……

 ジボアールにとって願ってもないお言葉。ロットは今男官である。将来は側務官にとミセルバも考えていた。実は……リリパットも考えは同じだったのだ。元々ロットの将来は側務官にと推したのはリリパットなのである。だからこそジボアールも強く反対できない理由になった。

 ――なぜリリパットがわざわざロットを……それは……ロットの母親が関係している。

 側務官は平民が本来なるもの……もちろん貴族の身分の者がなっても不都合はない。だが、ジボアールにとって貴族の者がなることには反対だった。それだけ平民への枠が減ることになる。もちろん御当主に逆らうつもりはない。が、平民が政治に参加できる官位を貴族に徐々に支配されることは避けたいのが本音なのだ。かといって強く拒めば……その後の結果が怖い。
 それにリリパットがわざわざロットを側務官にさせたいのにはわけもある。別に平民の枠をおびやかそうとは思ってはいるわけではないのだ。
 しかし、御当主の気が変わったのなら願ったりかなったりだ。ロットは嫌いではないが、ミセルバさまと同じく生真面目な方だ。若さは正義感が強い。徐々に自分たちのやっていることが発覚し、改革等をミセルバさまに進言等されたらやっかいなことになる。
 自分たちのやっていること……もう書かずともだいたい読者はお分かりだろう。いつの時代もやっていることは同じである。

「わかりましたと御当主にはお伝えくだされ。バルザック騎士帝長とも相談の上そのようにことを進めて見ると」
「ではよろしくお願いいたします」
 ミリアムは軽く一礼して出て行った。

 ――ロットを?側務官にしなくてもよいと申されるのか。なぜだ?
 ロットの母上さまの気を惹くためだったのでは?う〜む……わからぬ。
 
 ――興味がなくなられたとでも……あの方に限ってそれはないであろう。この私さえも惹かれるほどの女性だというのに。この年のこの私でさえ……だが、ロットをはずす方に考えて下されたのなら好都合だ
 バルザックもこの件には同意してはくれるはず――

 ――にしても……とうとうメイドの人事まで当たり前のように手をつけなさるとは……おそらくアウグス家はこのことを知っても……何も言えないであろうな……これも時代の流れというものか――

 ――不思議なものよ、側務官の議長に任命するのは領主でも、実際動かしているのはツス家の当主。
 ミセルバさまはわかってくださるのだろうか?本来ならこの妙な力関係を理解されてからなるべきだったものを……

 ――やっかいなことに……ならねばよいがな。ま、私としては好都合というところだが。

 あごひげを撫でながらジボアールは真っ暗な窓の外を見つめていた。まさか地下牢という場所でメイドごときが女領主の身体をもてあそんでいるとは考えもしない。その地下牢ではいよいよミセルバさまが次の攻められる段階に入っていた。


後ろ M編トップ