「はい、結構でございます」
 ライザがにこりとラルティーナお嬢様に声を掛ける。30過ぎのお嬢様……違和感ありありだが、みなからそう呼ばれている以上はお嬢様だ。だが、顔立ちは魅力がある。30過ぎの独特の美しさというのがむんむんと身体の奥からかもしだされているのだ。

 ラルティーナがゆっくりとあらわにしていた魅力的な胸を隠す。どうやら健康診断をしていたらしい。
 横にはあのミウがいる。

 ここはラルティーナの屋敷だ。数百あるお部屋の中で中ぐらいの広さの部屋である。

 おお、ゼラもいる。久しぶりの看護婦の御登場。だけど少々緊張気味。

「どうじゃ、ミセルバ公はご健在でいらっしゃるか?」
 それとなくライザにミセルバの様子を探るラルティーナ。兄上が何をするか心配なのだろう。
 あれから兄の様子も他のメイドや側近たちにさりげなく聞いている。
「あ、はい、いつもお元気そうで」
「ふむ……そなたのような名医がいればこそであろうな」
 さりげない褒め言葉だ。本当は違ったことも聞きたいのだが……
「あ、いえ……」
 ツス家のお嬢様にこう言われるとうれしくてたまらない。横でじっとミウがライザとゼラを見ている。いつも側にいるメイドはほとんどがミウだ。その視線をなんとなく感じているゼラ。

 



こうして定期的な健康診断が終わった。





もう夕方になろうとしている。
辺りには夕焼けが美しい。
「先生……ラルティーナ様って怖い……」
「……う〜ん……そうだね、ちょっとだけ怖いかな」
 ライザが答える。確かに冷たい感じがするのだ。馬車に揺れながらも再確認するライザ。あれから少しお嬢様とおしゃべりを楽しんだライザとゼラ。しかしなんとなくミセルバさまの周辺のことを聞いてきたのには違和感を持っていた。

 ――そういえば……あのミウっていう人……いつも側にいるみたいだな。このまえもたしか……
 ライザはラルティーナよりミウの方が気になっているようだ。

「あ、見てみて、先生」
 ゼラが馬車の中で叫ぶ。チラッとその方向を馬車の窓から見るライザ。

 ――あっ……あれは……アウグス家の……

 みるとひときわ豪華な馬車が数台も置いてある。アウグス家であると誇張する大きな目立つ紋章と、豪華な飾りつけ、隅々までアウグス家の紋章がこれでもかとちりばめられている……誰が見ても大貴族の馬車に見える。
 馬車が止まっている横はどうやらリリスたちがいる服飾店のようだ。
 そこには何人かの騎士もいた。リシュリューもいる。







「あ〜あ、まだかよ、いいかげんにしてほしいぜ」
 もう何時間たっただろう……女の買い物は長い。
「そういうなこれも仕事のうちだ」
 ミセルバさまの馬車の騎士たちが愚痴を言っているようだ。10人ぐらいいる騎士たち。はやく帰りたいに違いない。
「なんで俺達がメイドの警護しなきゃならんのだ」
 騎士の一人がこぼす。
「メイドの警護をしているのではない、ミセルバ様が買われたドレスを警護しているのだ」
 リシュリューがにっこりと笑いながら言う。
「面白いことを言われますな、騎士長殿は」
 半分納得、半分不満と言ったところの騎士。

「あの〜」
 ミクがひょこっと顔を出した。
「どうしました?」
 リシュリューがにこやかに答える。この男は不満がないのだろうか?
「もうちょっとですからもうちょっと待ってくださいね」
 にこにこと笑うミク。やっとこの頃いつものミクに戻ってきたようだ。あの出来事からリリスとミセルバとまた戯れて楽しんだミク。久々三人で地下牢で戯れたのだ。ミセルバさまとリリスにゆっくりとお話することが出来て心が落ち着いたようだ。

 

「はい、わかりました、ごゆっくりとどうぞ」
 にこやかに答えるリシュリュー。それを見て、また不満そうな騎士の一人。

「騎士長殿は甘やかし過ぎますなあ〜」
「そういうな、買われたドレスに何かあれば責任は俺達にもくる」
 諭すようにいう騎士長。
「メイドの晩餐会って何のためにするのですか?」
 若い騎士の一人が不思議そうに聞いてきた。
 なんでメイドのためにこんなことをするのかと思っているようだ。

「アメとムチだよ」
 不満を言っている騎士が返事をした。
「アメとムチ?」
「日頃、貴族の方々がメイド達に感謝の証としてする慰安のようなものだ、まあ〜ほとんど主催者様のご趣味でもあるが」

「はあ〜」
 若い騎士がなんとなく答える。

 
「最初はメイドたちのためのパーティみたいなものだったらしい……が、いつの間にか貴族の方々のプライドの戦いになってしまったのだ」



 
 純粋に日頃の感謝として始まった晩餐会。





 しかし回数を重ねるうちに方向性が変わってしまった。最初、貸衣装や安っぽいドレスで参加していたメイドたち。貴族達はそんなものにお金を出そうともしなかった。ところが晩餐会に価値があるようになると、そんな服で、そんな格好で参加させるということは逆に貴族の家柄のプライドにかかわるという方向になってしまった。

 メイドに貸衣装で参加させている……ドレスを買ってやることさえ出来ないの?
 そんな安っぽいドレスだと……わが家はその程度なのか?


 こう言われることが大嫌いな貴族達……当然見栄を張って豪華さと金をメイドにかけることになる。
 いつの間にかドレスは貸衣装はタブーとなり、いかにお金をかけてメイドたちを豪華に美しく見せるかがこの晩餐会の趣旨になってしまっていた。

 となると当然需要が生まれる。
 供給するドレスなどを売っている店はその需要を狙ってくるというわけだ。
 さらにそのドレスを狙って強奪するものがいてはたまらないというわけだ。
 だからわざわざ騎士が警護をしている。だからわざわざアウグス家の紋章を刻んだ馬車を使っているというわけだ。

「きゃー! ステキ!――――」
 メイドたちが叫んでいる。どうしたのかとリシュリューが店の中を覗く。


 見るとそこにはカフスの衣装を着たリリスがいた。

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