男は次から次にしゃべり始めた。
 しかし、これはちょっと詳しい者なら誰でも知っていることばかり。だが、今のロットにもミセルバさまにも非常に大事なことでもある。今まで両家がやってきた噂や真実らしきことまで次からつぎに情報が入る。
 ロットやミセルバさまもこういうことにはまったく詳しくない。

「そうなのですか……」
「ああ、特に麻薬の類はかなり儲かるからな。表向きは禁止薬物だが、その禁止を命令している家が裏ではそれをオークションにかけてぼろ儲けというわけさ」
「…………」
 黙って聞いているロット。仮面の奥の目が光っている。

「おいしいらしいからなあ〜そういう取引はよ〜」
「それはアウグス家のだれだれとかわかりますか?」
 ロットが聞いてきた。
「まあ〜言わなくてもわかっていると思うが……」
 次から次に実力者の名前があがる。リリパット、ミルマルグス等その他複だ。ロットは悲しくなっていた。純情で正義感の強いこの少年には少々きつい。

 だがこんなことは当たり前のことなのだ。

「…………」
 呆然としているロット。仮面をつけていてもそれはなんとなく伝わる。
「おい……どうした?」
 男が気になって聞いてきた。
「いえ……」
 それ以上は何もいえない。それが今のロットの気持ち。
「これぐらいでびっくりしていたら世の中渡っていけないぜ」
 にこっと男が微笑む。裏も知り尽くしている男の微笑だ。
「ええ……」
 完全に落ち込んでしまったロット。挙がった複数の名前に衝撃を受けている。それをじっと見ている情報屋の主人。

「お前さん……アウグス家かツス家に恨みでもあるのか?」
「……いえ……」
 否定する少年。
「ふ〜ん……そうかい……まあいいや。他に聞きたいことは?」
 もう20分ぐらいこの話のままだ。そろそろ飽きてきた主人。だが、大金をもらった手前、まだいくらか話してやろうと思っているようだ。ただあまりにも量が多すぎるため、ロットに聞かれることだけを答えている状態である。

「さきほどの密輸の件のことなのですが……」
「おう、なんだ?」
 聞け聞け、いくらでも答えてやるといった表情。
「場所とかはわかりますか?」
「場所か? え〜とあれはだな〜」
 ロットはこの件に非常に興味を持っているようだ。これが一番確実な刑事事件に出来るからである。

 しかも密輸は……罪が重い。
 関わっている騎士などたちは軽微な交通違反の感覚になっているが、実際本気で厳罰されれば最高はギロチン(極刑)である。

「港から5〜10キロほど離れたところに転々と拠点を移してやっているらしい。詳しい場所まではわからねえよ」
「……そうですか……」
「なんだ? まさか本気で調べる気か?」
 含み笑いの主人。無駄だ無駄だという顔だ。
「……いえ……」 
 そう言うとまた下を向く。悟られないように……

「お前さん検察の手の者か?」
 おもわぬことを聞く情報屋の主人。びっくりするロット。
「え?……」
 それ以上は何もいえない。
「あははっ……冗談だよ。検察官が情報屋から情報聞くなんてことありえんからな」
 にこやかに笑う。

 それからロットはいろいろ聞きまくった。しかし貴重なのは密輸以外には闇のオークションぐらいのことだ。それ以外ははっきいりいって使えないものばかりだった。

 そして……

「もういいのか?」
「ええ……」
 聞くことは聞いた。後は別の情報屋に行くつもりらしい。
「そうかい……」
 どうやらロットのことが気になるようだ。
「それじゃ」
 立ち上がる仮面をつけたロット。またマントとベールで身体を覆う。そして帰ろうとした時、
「こっちから出て行った方がいい。ここに来たら誰かつけている者もいる時があるんでな」
「……そうですか」
 裏口を案内される。主人と他の数人の者と一緒に裏口に向かう。

「なあ〜お前さんよ〜」
 主人がつぶやく。
「悪いことはいわねえ〜妙な考えは起こさないほうがいいぜ」
「……ええ……わかってます」
 歩きながら冷静に言う少年。どうもこの情報屋の主人は世話好きらしい。
「これから別の情報屋に行くつもりか?」
「え?」
 ピタッとロットが立ち止まる。



 するどい男だ。当てられた。
 気味が悪い。



「……やめとけ」
 男はちょっと低い声で言った。真剣な声だ。


「……あなたには関係ない」
「通報されるぞ」
 ロットが振り向く。仮面の奥の目が動揺している。
「どうややなんにも知らねえようだな」
 呆然と主人を見るロット。当てられたらそりゃドキッとする。しかも今度は通報と来た。情報屋は秘密を守るのが絶対のはずだ。
 
 ミセルバさまからは、お金はいくら掛かってもいいからいろいろ聞きだしてくれと言われている。
 当然あらゆる情報屋を回るつもりだったのだ。

「情報屋の後ろには誰がいるか知っているのか?」
「…………」
「情報ギルドだ。そしてそれを統括管理して、営業の許可を与えているのは誰か知っているか?……」
 落ち着いた声でいう主人。
「ええ……」
 それはあのレイプ男の妹だ。

「さらにそれを認可しているのが、アウグス家のミルマルグス様だ……
これがどういうことかわかるな?」
 ゆっくりと現実をかみ締めて言う。それをただただ黙って聞いている少年。

 そして言う……

「でも……秘密は守るというのが……」
 その瞬間だった、大笑いする主人。横にいる男たちも笑い始めた。こんな常識さえも知らないのかといった笑い方だ。

「ふっ……常識的に考えろよ、まじめすぎるぜ。その考え方はよ」
 続けて言う情報屋の主人。大柄な男がが忠告するように言い続ける。

「あの二つの家が自分たちのことかぎまわっている奴をのさばらしとくとでも思うのか? 探りをいれる者は当然通報するように言われているのさ。暗黙の了解でな」
 冷静さを失うロット。こういうことまでは考えていなかったのだ。素直に秘密を守ると考えていたミセルバさまとロット少年。現実をよくわかっていない二人。

「俺は言わねえ。だが、別の情報屋は違うぜ。通報すればいい金になるんでな」
「……つまり後の情報屋には行くなと」
「そうだ、その方が身のためだ。誰があんたの後ろについているかは知らんが……」
 何か言いたいロット。

「悪いことは言わねえ〜やめておけよ」
 側に居る別の男が無駄だ無駄だというような顔で言う。
「そんなことはあなたには関係ない!」
 ここではっきりと言い返す! 正義感が先に出てしまった。仮面の奥の目が訴える。
 こういうときに、怒鳴るのはもっとも良くない。

「……お前さんのやっていることってなあ〜一国の王家に逆らっているようなもんだぜ」
「…………」
 黙って聞いている、しかしもう少年の心は……

「無駄だ……命がおしいならこのまま忘れて帰るんだな。お前さんの後ろの人間にも言っておけ」
 グッと主人をにらみつける。仮面の奥の目が……訴える。さっきよりもさらにするどく。
 自分の後ろの人物を侮辱されたような気になるロット。

「ぼ、僕の……後ろにいる人間は……御領主に相談すると言っています」
 悟られないように言うロット。だが、本来はこういうことは言うべきでないのだ。

「ほう〜あんたの後ろの人間はあのミセルバ公と仲がいいのかい?」
「ええ……」
 下を向きながら悟られまいと言うロット。感情が表に出すぎている。しかし、主人は平然と言った。


「あのお嬢様は飾りだぞ」


 ――か……飾り?

 飾りだって!?


「なっ!……」
 これは侮辱だ。思わず顔を上げるロット。半分自分が馬鹿にされた気分になる。
「この広大なクローラ地方を支配しているのはあのリリパットとミルマルグスだ。あのお嬢様は二人の関係を取り持つただの天秤だよ」
 

 完全に切れた……ロット。冷静さを失った。もはや調査員失格……

「失礼します!」
 怒鳴るように帰ろうとする!
「おい! 行くなよ、別の情報屋には。まじでその場で通報されたら終わりだぞ!」
「わかっていますよ!――」
 まだ冷静になれていない。もう興奮状態。身体が震えている。小刻みに……

 だが、今の一言が効いたのか、ちょっと落ち着いた。地面を向いていた顔がゆっくりと上がる。

 そして……

「あなたは妙にやさしいですね」
 これが忠告だと気づいたようだ。
「あれだけの金をもらったからな。ただそれだけだよ」
「……そうですか……」
 そう言うとロットは静かに出て行った。それをじっと見つめている数人の男たち。
 ここからなら誰にも見つからずに大手通りに戻れるらしい。

「おい、少年」
 主人が声を掛ける。

「もう少し聞きたいことあるならまた聞いてやるぜ。しかも特別サービス、無料でな」
「……いえ、もう結構です」
 嫌な気持ちでいっぱいのロット。もうこの場にはいたくないようだ。
「そうかい……まあ、来たくなったらまた来な。結構な金額貰ったんでな」
 ロットは静かに去っていく。心に悲痛な思いを秘めて……
 

 ――やれやれ、俺もお人よしだぜ……

 
「兄貴……あの少年、いずれ長くないかも……」
「……かもなあ〜」
 そう言いながら部屋に戻る。
「……まあいい。それよりも、金だ金、カネ……」

 大金のある部屋へ戻る。そこにはカネがある。

「さ〜てひとり2000ほどやるから、それでいい女でも抱いてきな」
「ほ、本当ですか!?」
 いきなりの臨時収入。部下たちにとっては願ってもない。
「わかっているとは思うが口止め料込みだ。いいな!」
「はい、はい〜それはもう〜」
 金を分け与える主人。部下にとっては金さえもらえればいい。通報する気なぞ、さらさらない。

 すると……

「おい、下のじいさん呼んできてくれ」
「へい」
 部下の一人が呼びにいく。何か気になることでもあるのだろうか?

 しばらくしてじいさんがやってきた。
「おお、こりゃまた豪勢じゃのう〜羽振りがよいではないか。いったい何の依頼じゃったのか?」
 じいさんもうれしそうだ。
「アウグス家とツス家のことを教えてくれとさ」
 金貨を見ていた老人の体がピタッと止まる。

「何じゃと?」
 おどろく老人。

「3000持っていきな、口止め料込みだ。ただし……金を鑑定した後だ」
「ん? 偽物とでもいうのか?」
「いや、本物だろう……それ以外のことで……見てほしい」
 どうやら不振な点があるらしい。老人が小さな老眼鏡で、ゆっくりと大金貨と金貨を確認する。

「……こりゃ……新品だぞい」
「新品?」
 新品という言葉に意味がわからない部下の一人。
「新品というのは、流通していない金貨のことじゃよ」
「やっぱりそうか……」
 確認する主人。勘が当たっていたようだ。
「これを持っている者といえば……かなりの身分の者のはずじゃ。一般の成金の金は流通しているものばかりのはずじゃからな。とすれば……貴族の者じゃが……」
 一枚一枚、大金貨を確認する老人。金に関しては詳しいらしい。
「貴族の者でも、こんなに綺麗な大金貨を持っている方はそうはいないはずじゃ。さらに金貨の方も全部新品だぞい。これはみんな眠っている奴じゃないのう〜」
 眠っているというのは新品が流通していない状態で保管されている金貨のことだ。
 予測は当たっていた。

「そうじゃ……例えば……アウグス家の屋敷の中の宝物庫とか……ツス家の屋敷……
あるいは……お城とかな」
 顔を見合わせる二人。
「そうか……」
 城という言葉が引っかかる主人。
「しかし……アウグス家かツス家の人間が、自分たちの家の裏事情を聞きに来るというのか?」
 老人が言う。
「そこがわからん、それにそうだとすれば、さらに不思議なことがある。ちょっと知っている者なら、金を鑑定されたらこれぐらいのことはわかるはずだ。当然悟られまいと対策取るのが普通なのだが」
 神妙な顔になる情報屋。
「それにな、あの少年の風貌と声……どこかで聞いたことあるような気もするんだよ」
「ほう〜」
 お金をまじまじと見ている老人。

 危機管理に甘いミセルバ様とロット。これではさきがおもいやられる。

 ――きな臭いぜ……こりゃ。
 金を見つめながら思う主人。
 金というのはモノを言うことがある。この金はまさにそのモノを言っていた。
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