「持久戦?」
 エルディーニが聞く。
「そうだ、それしかない」
 王は、息子に落ち着いて言った。

 馬上に揺られている王族御一行。

 豪華な馬車など使えない。まして、王家紋章つきなどなおさらだ。だから、ちょっとした貴族の仲間達が、馬で旅行している雰囲気になっている。マントで鎧も隠しているのだ。

「逃げられないように、この私が結界を張ることだけにすべてを注ぐ。その間にいろいろとやるしかない」
「しかし、それでは、父上が危険です」
 結界にすべて力を注ぐということは……一番衰弱が早いということだ。サルディーニが逃げられないような結界を張るには、相当な力を消費する。

 だが、それが出来るのは、もはやダークエルフの王ぐらいだろう。

「逃げられたら、それだけ被害はひろがる。サルディーニが、報復で、あちこちで暴れたら手がつけられん」
「…………」
 冷静に聞いているエルディーニ。
「時間を稼ぐのじゃ、その間にいろいろやってみよ、ラブゼンにもそう言ってある」
「……はい」
「とにかく……サルディーニの行動範囲を制限することから始める。それが一番じゃ」
 今のサルンなら、平気で卑怯なことも出来る。

 いざとなれば、人間を盾にしたりするだろう。追い詰められれば、必ずやるはずだ。
 サルンとはそういう少年だ。

「後は、そなたたちの判断で決まる。あの言葉の意味は、正直……わたしもよくわからぬ」
「……はい」
 これが一番ネックだ。

「だが、話し合った結果、決まった事じゃ。私もそれに従う」
「はい」
 真剣に聞いている未来の王を争う少年。
「頼むぞ……」
 エルディーニをみつめる。婚約者をレイプされたエルディーニを……


 ――サルディーニよ……

 王にとっては、非常に複雑であった。




 それから一晩近くたっただろうか……
 あたりは薄暗い。お城の中で休んでいるラゼ。その横にミレーユがいる。

「大丈夫?」
「もう、大丈夫だ。ありがとう」
 ラゼがミレーユに礼を言った。かつては、恋のライバル同士だった二人。

 といっても、ミレーユはどこまで本気か知らないが。

「私も行きたかった……」
「あなたは、ここにいろという王の勅令でしょ」
 納得しないラゼ。

「ミレーユ……さっきの言葉のことなのだが……」
「ああ、重い? の事」
「うん」
 何か考えているようだ。

「たしか……神聖石碑に書いてあったとか」
「そうよ」
「その文字のことなんだが……」
 何か気になるようだ、ラゼは……

「影文字だと言ったね?」
「ええ、それが何か」
「影文字には複数の意味があると聞いた事がある」
「複数?」
 

 初耳だ。


「複数って?」
 今度は、ミレーユが聞いてくる。
「影文字ができたのは、何百年の前からのはず……意味を変えて進化してきた物もあると聞く」
「ほんと?」
 おどろくミレーユ。ミレーユもあの影文字は読める。だが、それは一番一般的な読み方であった。
 と、いうか、そういう複数意味がある、ということも知らなかったのだ。
「調べなかったのか? 他の王族の人は」
「ええ、多分。だって、誰にも話せないでしょ。王家以外で知っているのはわたしだけよ」
「調べてみたい」
 起き上がるラゼ。
「無理よ、まだ」
「そうは言ってられない」
 ゆっくりと立つ……ちょっとよろける。

「ほら……」
「調べよう……私には、話し合って決まったことで、通用するとはとても思えない」
 あの化け物のようなサルンを、その程度で倒せるとは到底思っていないラゼ。
「……わかったわ」
 付き添うことにしたようだ。ラゼに。

「で、どうするの?」
「……詳しい学者とか知っているか?」
「……う〜ん」
 迷うミレーユ。

「たしか……エンリン地方にいると……」
「だめだ、遠すぎる」
 エンリン地方とは、ダークエルフの国の端っこだ。広大なこの国ほ端は、2〜3日以上かかる。

「だったら、城下町のエルフイン博士は?」
「彼は、その方面の人か?」
「エンリン地方にいる学者と共同でなにかやってるって、聞いた事あるのよ」
「そうか……」

 影文字は現代ではもう不要の産物。そんなに重要視もされていなかった。それがいきなり重大な結果要因になっているのだ。

「行こう……案内してくれ」
「ええ、いいわ」
 二人は、学者の元へと言ってみることにした。
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