あれは…………

 あのにおいは……


 あの香水は…………

 う……ん……
 わからない……

 わからないわ……

 ――――わからないのよ!!

「ううっ……」
「ばあさん、うめいてるぞ! ばあさん!」
 老人が驚いてばあさんを呼ぶ。そのばあさんは今外出中だ。

「ばあさん! ばあさん!」
 よぼよぼの老人が呼んでいる。セミロングの女が何かうめいているのだ。どうしていいかわからないじいさん。

「うるさいねえ〜今帰ってきたよ」
 やれやれと腰をたたきながらばあさんが帰ってきた。なにやら買い物をしてきたらしい。どうやら衣類を買ってきたようだ。それにいろいろな食料も……
「どこいっとんたんだ?」
「ちょっと……ね、それよりもうすぐお役人さんが来るよ」
「え?」
 ばあさんの役人という声にちょっと驚くじいさん。
「馬車とこの人たちを引き取りにくるってさ」
「……そうか」
 じっとリリスをみつめるじいさん。老夫婦がリリスを見ている。

「うう……うう……あ、あの……におい……匂い」
「なにか言ってるぞ?」
「だねえ〜」
 冷静なばあさんに対し、びくびくしているおじいさん。なにがどうなっているのかわからない状態。
 いきなりばあさんから人を呼んでくれ、倒れている人がいると言われててんてこまいだったのだ。二人の女が小川の畔で倒れているなんて想像も出来なかったからである。

「どうする?」
「え?」
「だってうなっているぞ?」
「もうすぐお医者さんも来るから安心しなって」
 ばあさんの冷静な一言。
「じゃが……のう」
 じいさんは自分がどうすればいいのかもわからない状態だ。ほとほとまいっているようである。

「女医だよ」
 ピクッとじいさんが耳を傾ける。
「今、ときめいたじゃろ」
「え! いや……ははっ」
 図星のじじい、とたんに顔が赤くなった。

 (やれやれ……じいさんときたら……ん?)


「う〜ん、ううっ……うん……」
 目の前がボーっとしているリリス。徐々に目覚めてきたようだ。夢から覚めて現実に戻りつつある。

 ――あれ……あれ……におい……うううっ


「はあ!!」
 ガバッと起き上がったリリス。


 ここはベッドの上だ。上半身裸のまま。

「…………」

 …………

 昨日の地獄の部屋とはまったく違う場所……それが最初の確認だった。
 息が荒い……


 息が荒い……

「気が付いたかね?」
 おばあさんが心配そうに見つめている。

「……こ、……ここは?」
「部屋じゃ、わたしとじいさんの家じゃよ」
 きょろきょろと見回すリリス、あの忌まわしきツス家の黒い蜂の紋章はここにはない。


「うあっ!」
 激痛が走った! 頭にだ。
「大丈夫かね?」
 じいさんがびっくりする。頭を抱えるリリス。横に大きく振る。まだ判断力がない。おそらく薬が効いているのだろう。
「……ええっ……なんとか」
 少しずつ、少しずつ、記憶が戻ってくる。


 ――ううっ……


 認めたくない想いが頭によみがえって来た。プルプルと震えだすリリス。目の辺りに熱いものがこみ上げる。それをじっと見ているばあさん。
「じいさんや、席はずしてくれまいか?」
「え?」
「この娘さんと話があるんじゃ」
「……う、うんうん」
 なんとなく言われるままに外に出て行くじいさん。

 少し悲しそうな目でリリスを見るおばあさん……


「もうすぐ女医さんがくるよ、念のために呼んでおいた」
 リリスがなんとなくうなずく。頭の整理がつかないようだ。

「……あなたは?」
「ここら辺に住んでいる者じゃ、あたしの名はオードリー。あんたら川の畔で倒れていたんじゃよ」
「……そうですか…………!!」
 ガバット目を開くリリス!


「ミク! ミクは? ミクは!!――」
 叫ぶ、いきなり叫ぶ! まだ冷静さを欠いているようだ。

「もう一人の娘さんなら……向こうの部屋のベッドで寝ているよ」
 白髪のばあさんが落ち着いた声で言う。だがリリスは落ち着いていられない!

「ミクは? ミクは大丈夫なの!――――」
 叫ばずにはいられないリリス、自分の身体よりもミクを心配している。
「ミク……あの娘さんの名前かな? 彼女の方は……大丈夫とは思う……まあ聞いてみないとわからないけど」
 ばあさんを見るリリス。
「ミクはどこですか?」
「……すぐ隣じゃよ」
 言われてベッドから降りようとするリリス、しかし薬が効いている、ふらふらの状態。
「無理せんほうがいい」
「お願い、ミクに合わせて、でないとわたし……わたし……」
「……わかった」
 手を貸してリリスを抱きかかえるオードリー。

「すみません……」
「いや……」
 おばあさんはそれ以上は何も言わなかった……

 
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