「以上です」 ロットが忙しそうにペンを走らせているミセルバ様に言う。 「はい、お疲れ様」 ふう〜っとため息をつく。何かたまに考えているようなミセルバ様。 ――今日もあまり元気がなさそうだな〜 このとろこ元気がないように見える女領主。ミクとリリスの件はいつも頭に入っている。片時も離れたことはない。だが、一日中考えてばかりいても仕方ない。 「ん? なに? ロット」 じっとミセルバ様を見ていたロットに女領主はひょいと向いて聞く。今日の胸の谷間はなにやらさびしげだ。もっとも美しいのは当然であるが。 「あ……い、いえ。なんでもないです」 「うふふ」 笑ったミセルバ様。一瞬の笑顔。 ――あ、いつものミセルバ様に戻ったかな? ロットも噂は聞いていた。といっても御馬車が連れ去られたということだけだが。 つまり……ミクとリリスがなぜ療養所行きなのかは意味がわかっていない。 「失礼します」 コンコンッとメイドが戸を叩く。 「はい」 「シュタイン殿がお見えですが」 「あっ……入ってもらうように言って」 ピクッと目が動くミセルバ様。 「どうぞ」 扉を開けてじいさんが入ってきた…… 久々のご登場……執事であり、側近でもあるシュタインじいさんだ。 「久しぶり、爺」 「お久しぶりでございます」 帽子を脱いで深々と頭を下げる爺さん。今は半分隠居で半分仕事をしている状態なのだ。 ようは暇なら仕事してくれといった状態。 「座って爺」 うれしそうに言うミセルバ様。最近嫌なことがあったのでよけいにうれしいのだろう。 「ではでは……」 といって椅子に座るおじいさん。にこにこしている顔はまさしくじいさんそのもの。 「ロット、ごめんなさいね、ちょっと大事な話があるのよ」 「あ……はい」 さっさと書類を片付けていそいそと部屋を出るロット。本当はもうちょっといたかったのだろう。 気になるのだ最近のミセルバ様が…… それに今日のミセルバ様のドレスは白……最近清潔感が強い服を好んでいる。結構赤系統のドレスを着る女領主。それがいきなり白系になるというのも、ロットにはピンと気になるのだった。 「元気にしていましたか?」 「はいはい、御領主にそう言われると光栄ですな」 にこりと笑う。 「……シュタイン……あなたに相談があるの」 いきなり本題に入るミセルバ。冗談で遊んでいる気はないらしい。 「わたしに……?」 「ええ……ちょっと深刻な話なんだけど」 「ふむ……」 深刻と聞いて聞かないわけにはいかない。ミセルバ様の一大事であるならなおさらである。 ミセルバはミクとリリスの件を話し始めた…… ――なんだろ? ロットはちょっと不思議そうだ。もう隠居同然のじいさんがひょっこり呼ばれてくるというのも…… ――僕は聞けない……ことか…… 正直悔しい……ミセルバ様の秘密は共有したいと思うロット。一応表向きは男官であり、愛人だ。 まだ一回もセックスしたことさえないが。 ――信用されてないのかな? このところの元気のなさも気になる……さらにミクとリリスもだ。特にリリスはなぜ、療養所に行ったのかまったく意味不明。 考えながら歩いていると向こうからキョロキョロ見回している少年がゆっくりとやってくる…… 「う〜ん、困ったな」 美しい金髪の少年が歩いている。 名はシミリアン。あのミツアーウェルの若き側近少年だ。 なにしにここに来たのだろうか? クィッと首のネクタイをちょっと揺らす。どうやらかしこまる時の癖のようだ。ちょっとめずらしい少年がいると思ったロット。しかしそれ以上は気に止めなかった…… が…… 「あ、すいません」 「はい?」 ロットは声をかけられた…… ――う〜む…… 考え込むおじいさん……いきなりである、いきなり難問をミセルバ様から投げつけられた。 「爺、私はどうするのがいいのかしら?」 「御馬車の噂は私も聞いておりましたが……」 メイド二人が拉致されたと説明したミセルバ様。だが、さらわれたのは誰かとか、レイプされたということは言ってはいない。 「証拠はあるのでしょうか?」 「……リシュリューが見たということだけ……」 「それでは……厳しいでしょうな」 しかしミセルバは言い返す。 「でも、状況を聞けば間違いなくツス家のあの屋敷に入っていったというのよ」 「それは信じましょう……しかし……それだけで調べるというのは」 じいさんも真剣に聞いている。ミセルバにとってこの件を最も本気で聞いてくれるのは、いまのところこのじいさんだけだろう。 配下の検察組織も、警察組織にも相談さえ出来ない。おかしいことだが…… 「でも、疑いがあるなら調べるのは当然よね」 「……ミセルバ様……それは相手によります」 険しい顔つきになる爺。ミセルバは黙ってしまった。 「今は様子を見られた方が……」 「様子?」 あまり聞きたくない結論だ。はあ〜と軽くため息をつくミセルバ様。 「様子を見てどうするの?」 そう言われると困るのはシュタインの方だった。 「……う〜ん、そ……それは」 それしか言えないだろう。 ――駄目ね……やっぱり…… ミセルバは肩を落とす。わかっていたことだったが、もしや何か秘策はと……考えたのだろうか? 「御領主、馬車が連れ去られたと言われましたが……誰がですか?」 じいさんが確信をついてきた…… 「……ええ……実は……」 「誰が……でしょう?」 「……言わないと……だめよね……やっぱり」 「さらわれたと見てよいのですか?」 目を丸くするシュタイン。噂では馬車だけさらわれたということだったからだ。 「シュタイン、今から全部話すわ。でも……心して聞いてほしいの」 「……わかりました、このシュタイン、いつでもミセルバ様のお見方ですぞ!」 ポンッと胸を叩くおじいさん。威勢だけはよさそうだ。 ミセルバはすべてを話し始めた…… |
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