「だいぶん元気になられたようですね」 「そうね……」 ここは療養所。 お花畑。 花を摘んで遊んでいるミクをやさしく見守るリリス。リリスも心の整理がついて、スッキリしている。 ミセルバ様にガッツの過去とのこともすべて話した。それがスッキリしている理由だ。 ただ…… ……狙っていた……のかもしれない。心の中で。 香水の件…… なぜか印象に残った香水…… なぜか…… あの時のレイプ事件で、なぜか印象が残っている香水の匂い……どうしても気になっていたのだ。 あの場にガッツがいないことは、第三者の人間なら明白。しかし、ミセルバはそうは思っていない。 そういう風に思わせたリリス。 ――いいのよね……私は悪くない。 事実……事実がすべてだ。その事実を解明するためには疑惑は払拭しなければならない。 そう言い聞かせるリリス。しかし……心の中では……醜い心もうろうろもしている。 わざと嫌疑をかけようという醜い心…… 「リリスさん」 にこにこしながらミクが花を持ってきた。それににこやかに微笑むお姉さまと看護婦。 ――これから……ミセルバ様は本気で……動くのかしら? ありがたいことだ。しかし、大丈夫なのかという心配が先に来る。 もっともメイドさんが心配しても意味がないが。 ――でもよかった。ミクが本当に元気になって…… それだけが救いのリリスだった。自分の犠牲者にだけはなってほしくなかったのだ。うれしそうに遊んでいるミクを見て安心する。 「きれいね……」 空がまぶしいほどさわやかである。その空を見ながらリリスは決意を固めていく。 ――ミセルバ様が動くなら……なんでも協力するわ。 表面には出さずにグッと思いを込める。次にミセルバがリリスたちに会いに来たときに、そのことをはっきり言うつもりだ。自分のために、ミクのために動いてくれるかもしれない女領主ミセルバ。 じっとリリスは、そのことを噛みしめていた。 夜……薄暗い夜。 夜というのは、密約や策略を話すにはもってこいの時間帯。 とある宿の一室…… 一人の女性が座っている。その横にロットがちょこんといる。お互い仮面をかぶっているようだ。。これはもうあきらかに密約を交わす場所ですといった所。 雰囲気もぴったり。 ここは、シュタインじいさんごひいきの宿屋とのこと。どうやら幼馴染のお友達ということらしい。 宿屋とかは、よくこういう秘密の場所に使われる。 そこにシュタインと一人の青年があらわれた。 もちろんこっちも仮面とマントで覆っている。現代なら明らかに怪しい人物だ。しかし、この時代では、高貴な身分の者などが、こういう格好をすることはよくある。一種の礼儀作法みたいなものでもあるのだ。禁断の恋や、逢引などは、よくないけれども、するなら自由という時代。 だけど、ばれればいろいろ噂が立つ。 そこでこういうことをするのだ。 軽く一礼するリシュリュー。 今日は騎士の姿ではなく、平民の服装で来ている。こうやってこちらも身分隠しをしている。 「来てくれてありがとう……リシュリュー」 ミセルバが頭を下げた。 「いえ……当然のことですよ。ありがたく思っております」 信頼されているという気持ちが、騎士長の心を熱くする。 事情は聞いている。いよいよ動く時がきたと思う。 だが、どうやって?…… 「さて……これからの事を話し合おうかの」 じいさんが冷静に一言言う。もはや思いとどまるように説得するのは、不可能と判断したシュタインじいさん。それよりもミセルバ様が暴走しないようにお守り役をかって出たのだ。 「御領主、どう動かれるおつもりですか?」 騎士長が尋ねる。 「騎士を全面に出して行動させるようにしたいの、そうすれば検察や役人の動きは止めれるわ」 「たしかに理論上は可能ですが、むずかしいですよ、それは……」 「私もそう言うのだが、お嬢様はお聞きにならん」 ちょっと笑うじいさん。余裕の笑い方だ。 それにしても、情けない領主だ、自分の配下である検察や、役人、地方軍を敵に回す可能性があるというのは、なんとも皮肉である。 「御領主、仮に御領主が騎士長であるこの私に、命令という形で自由に動けるようになさっとしても、おそらく仲間の騎士の中にも動かない者や、抵抗する者もいると思います。さらに騎士帝長を差し置いてやればますますやりにくくなります」 リシュリューの言うとおりだ。 「それに、検察や、役人、軍はいいとして、問題は黒騎士です。ツス家の黒騎士どもの抵抗が非常にやっかいになるでしょうし」 「あの連中は本来、捜査権や調査権など持ってはおらん。だが、実際はツス家の名のもとに勝手に動く事があるからの」 じいさんが現実を冷静に話す。 「黒騎士と白騎士がやりあったら、クローラ地方は混乱するでしょうか?」 ロットが聞いてきた。 「混乱というよりも、こちらは何も出来なくなるじゃろう……どのみち知れれば、アウグス家とツス家が手を打ってくる。今までの関係を壊されたらたまらないという方ばかりだからな。そうなれば……御領主」 「私は、孤立……何も出来なくなると言いたいのでしょう」 「そうです」 はっきりと言うじいさん。現実をここはかみ締めなければならない。 「いざとなれば、リリパットとミルマルグスは手を組みますぞ。あの二人はいがみ合ってはいますが、同じ利益に関してはあっという間に協調するはずです。周りの者も結局はそういう風に動くはずです」 みな、揉め事は嫌なのだ。信頼関係が壊れるのも嫌う。 そうなればもうミセルバ様は孤立だ。 わかってはいたミセルバさま。わかっていたけど、これを受け入れたくないのが現実。 「やっぱり……駄目ね」 落胆するミセルバ様。仮面の奥が痛々しい表情になる。それをじっと見つめているリシュリュー。 「御領主……」 騎士長が問いかける。じっと黙っているミセルバ。こうしてきちんと現実を受け入れてしまうとますますむなしいのだ。 「御領主は……プライドをお捨てになられますか?」 「え?」 意外なリシュリューの言葉。 「どういうことです?」 「クローラ地方はこの王国でもっとも広い領土です。そのクローラ地方の大領主というプライドをお捨てになられるかと聞いているのです」 ちょっと厳しい口調のリシュリューだ。 「……それをすれば……何か出来るというの?」 「ええ……もしかすると、あるいは……」 するとロットが聞いてきた。 「何か策があるのですか?」 「御領主が、この地方以外の者の力をお借りになってもよいというのであれば……」 意味深の言葉を吐く騎士長。 「どういうこと? リシュリュー?」 意味がわからないミセルバ様。 「王族の権力を使うのですよ」 「ええ!?」 驚くロット。いきなり王族と来たからびっくりするのも無理はない。 「リシュリュー気でもふれたか? そんなことが出来るはずなかろう」 暴走気味と判断したじいさんが慌てて返す。それににっこりと笑って答える騎士長。 「私は冷静ですよ、シュタイン殿」 「……ま、まさか……皇族騎士や、中央の正規軍を使うのか?」 爺さんが問う。 「いえいえ、あの組織が他の領主等を表沙汰調べ始めたら、へたをすれば王家とこちら側で戦争ですよ」 「ではどうするというのじゃ」 疑問だらけのシュタインじいさん。 「お飾り組織……といえばわかりますね」 「お飾り……そ、そなた……まさか」 「さすがはシュタイン殿、話がはやい」 ロットとミセルバは未だにわからない。 「しかしあれは……お飾りじゃぞ? 本当の……それに、本来領主や下々の者から言われて動く組織ではない。国王の胸三寸で行動する部隊じゃぞ」 シュタインが釘をさす。 「ええ、そうです。でも……動けば有力貴族や領主クラスの貴族の方も震え上がる代物です。皇族騎士や、軍と同じ効力がありますから。さらにこの組織は、軍隊じゃない。ここがポイントです。彼らは、法律で動く組織ですから」 微笑むリシュリュー。仮面の目が微笑んでいる。ミセルバもやっとわかったようだ。 「あ、あの〜」 ロットが聞きたくて仕方ないようだ。 「王検のことかい?」 「王族検察官? あれってお飾り組織ではないのですか?」 「そうじゃ、お飾りじゃ」 シュタインが正解だよというような返事。 「あ、あの王族検察官を?」 考えもしなかったロット。 「そうです、本来なら、ミセルバ様などの御領主クラスのお方の不正や、謀を取り締まる者たちのことです。ま、建前上ですが」 「で、でもあれは……」 疑問に思う少年ロット。いきなり王族検察官と言われてもおどろくばかりだ。国王、王族の直属検察部隊をミセルバ様が動かせる? 意味がわからない。 「私の知り合いに王族検察官がおります。といっても形だけの身分ですが」 「……ちょっと待って……いきなり」 戸惑うミセルバ様。いきなりこんなこと言われてもどうしていいかわからない。王族検察官とは皇族騎士や軍と同様、本来自分の敵に当たる検察組織だ。 皇族騎士や、王国軍は、地方領主、有力貴族の謀反や、大きな不正を取り締まる組織。 最悪は攻め込んで滅ぼす場合もある。といっても、建国されてから、そんなことは一度もないが。 対して、こちらの王族検察官も、地方領主、有力貴族の謀反や、大きな不正を取り締まる組織だ。 だが、こちらは軍隊ではなく、法律によってのみ動く組織。武力で調査をして攻め込むことはない。 そこに頭を下げて頼み込む? 「すぐに決断する必要はありません。詳しくお話してもよいでしょうか?」 「あ、はい、ええ……」 真剣な顔で聞くミセルバ。仮面をつけた顔でもそれは伝わってくる。 リシュリューが詳しい話を始めた…… |
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