馬車がまるで城のような屋敷に到着する。ここはツス家、御当主が正式に居を構えている所だ。あのリリスがレイプされた場所とはまた違うところ。永遠と続くような城壁。ところどころに黒騎士たちが、警備でうろうろしている。ミセルバ様が住んでいるお城と違ってこちらは派手な方だ。
 
 馬車からゆっくりと降りるロットの母。

 すると周りにいた黒騎士や使用人がみな驚いた。

 ――誰だ? 

 この魅力的な雰囲気にただただたじろぐ男達。実は、使者として来たこの男も、ドレスに着替えてきたミシェスタシアの魅力に思わずくらっときたほど。

 ――美しい……

 人妻の色気がぷんぷん匂う母親。だが、その色気は決して淫ではない。
 清楚というか健康的というか、気高い洗礼された色気というべき雰囲気が漂っている。薄いクリーム色のドレスは本当に良く似合っている。

 廊下をゆっくり歩く。まるでこの屋敷の夫人のような雰囲気がある。リリパットの后ですと言われたら誰でもそう思うほどだ。歩きながらこれからの決意に備えている。

 リリパットが何を言ってくるのか……

 私を求められたら……私は……

 以前ならたとえ借金で苦しんでいても、拒否を貫く勇気を持っていたミシェスタシア。
 いざとなれば、自害してでも拒否を貫くほどの意思を固めていた。

 が、今日は……少しだけ心が揺れている。

 もちろん、強制されたことは誰にもない。

 プライドの化け物である貴族というのものは、同じ身分にある者からの評判をものすごく気にする。  貴族の女性に嫌われることは、自分が否定されたと同じ意味になるのだ。同じ身分の女性を力ずくで手に入れるのはご法度。これがこの高貴な社会での暗黙の了解であり、心を奪えないならあきらめろ、奪えたのなら、たとえ夫や奥方がいてもOK。

 これがこの社会のルールであった。
 逆にいえば、これによって、女性達のプライドも守られるというわけだ。

 もちろん、平民の女性にはまったく関係ない事柄だが。

 やさしそうな表情に固い決意が見られる。いよいよ御当主と対面する。

 美貌の人妻は、ゆっくりと部屋に入っていった。

 

 めがねのよく似合う青年ミリアム。若い側近の中では、リリパットの一番のお気に入り。
 そのミリアムが驚いた……

 ――こ、これが……ミシェスタシア様……か?

 初めて見た、ロットの母親。5年ぐらい前からほぼ表舞台から遠ざかっていたミシェスタシア。その身体と表情はあまりにも新鮮で強烈だった。噂には聞いていた美貌。
 しかし、実際見るとあまりにもすべてを備えすぎているのだ。

 さらにそれをドレスで着飾れてはたまらない。驚いたのはミリアムだけではない。他の側近達もだ。  みな若い側近だけ集められている。どうやらこの人妻の品評会でもやっているかのようだ。


 (なんと……なんということだ……)

 御当主リリパットの口さえも半開きになった。一年前以来のミシェスタシアとの出会い。その時も、トキメイた心。

 しかし、今日はその上をいく!

 玉座のような椅子に腰掛けていたリリパットだったが、思わず立ち上がってしまったほどだ。それだけ、この女性の美貌はある意味男を狂わせるのだ。この母親からロットは生まれた。

 美形なのは当たり前かもしれない。

「お久しぶりでございます、リリパット卿」
「……うむ……元気にしていたか?」
 ゆっくりと座りながらリリパットが答える。少し感動がおさまった。いや、落ち着いた。

「はい」
 コクッとうなずく。このうなずき方まですばらしい。完璧だ。
「苦労しているようだな」
 気遣う一言。
「いえ……それなりに……」
「あの男はあいかわらずのようだが」
 あの男とはミシェスタシアの夫のことだ。
「……ご用件を伺ってよろしいでしょうか?」
 聞かれたくなかったらしい。

「わかった……みな下がれ」
 二人っきりにするように促す。

 しかし……

「ミリアム」
「は、はい」
「君はここに残れ」
 ミリアムだけは残れとのご命令。他の側近の嫉妬心はすごい。そしてもう一度ミシェスタシアを見る御当主。

「実はロットのことなのだが……」
 ハッとしてリリパットの目を見る。ロットを引き合いに出されてきた。
「彼にはもっとよい条件を与えてやろうと思っているのだ」
「それは……どういうことでございましょう?」
 ロットは将来男官から側務官になる予定だった。没落した貴族には貴族としての権力はもうない。しかし、地位はあるのだ。政治的、経済的権力はもたないが、位だけはある。

 こういう場合、名前だけを残し、お飾り役職を与えられて生きていくことになる。

「実は、ある家が身請けをしたいと言っている」
「身請け……ですか?」
「悪い話ではないと思うが」
 貴族同士の場合の身請けとは、自分の家の名を捨てて、他家に養子などになる事を言う。

「どこのお方でしょう」
 ミシェスタシアは真剣だ。リリパットにとってはただただ、追い出すだけだが。

「と、ある地方の領主のお方だ」
「……領主……」
 驚くミシェスタシア。
「悪い話ではあるまい、あちらの御領主も前向きに考えているとか……」
「…………」 
 考えるミシェスタシア。

 ――確かに……

 いきなりの好条件に戸惑う。地方領主の家の人間になれば、今の生活もいっぺんされる。他の領主の側近とかではない、養子になるのだ。そうなれば、自分たちにも恩恵はくる。

 借金の件も……うまくいけば……

 ――でも……どうして?

「なぜでしょうか?」
「うん?」
 聞き返すリリパット。
「そのような高待遇、驚くばかりでございます」
「ロットのためだ。あのまま男官に置いても仕方あるまい」
 以前、男官に落ち着かせた男が、こんどは仕方ないと言う。
「あの……御領主はなんと?」
 ミセルバに気を使うミシェスタシア。しかし、その言葉を聞いたリリパットは笑った。

「案ずるな、そなたには悪くないように取り計らうつもりだ」
 ミセルバの意見など関係ないということだろう。
「……そうですか」
 ミセルバ様ともめなければ、アウグス家ともめることもない。

 なら、安心のミシェスタシア。

「進めてよいな」
「はい」
「では……そなたにやってほしいことがある」
 少し笑みを浮かべるリリパット。

「ロットを説得せよ。どうも、ミセルバから離れたくないらしいのでな」
「そうなのですか……わかりました」
「あと……これは説得としての報酬だ、受け取ってくれ」
 パチンと指を鳴らしミリアムに金を持ってくるように促す。

 そして渡された報酬……


 それは借金の一割にあたる額だった。
 これで当分は暮らしには困らない。

「ありがとうございます」
 いまのミシェスタシアにとっては大金だ。当主にとってはおこづかいだが。

「説得できれば、さらに報酬は与えるつもりだ」
「うれしく思います」
 正直これならありがたい。

「ミシェスタシア、しばらく話をしたいのだが……よろしいか?」
「……はい」
 口説かれると思った……ミシェスタシア。

「昔のことなど話そう……それだけでよいのだ」
 そう言うとリリパットは庭に案内したのだった。
 
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